有機EL討論会設立趣意書
 1980年代後半から飛躍的に研究開発が進展し,実用化にまで至った有機ELは,有機超薄膜に大量の電流を流し,面状発光に導くという,従来の科学技術が経験したことがない未踏の世界を開拓する科学技術であった。そして,一度この未踏の科学技術が汎用性ある科学技術として確立される時,それは単なる新規高性能ディスプレイの技術を世に送り出しただけに留まらず,有機半導体を用いる新しいエレクトロニクス技術を構築する基盤となると期待される。現在は,まさに,この有機ELに関する技術開発の成果を活用した産業が立ち上がる時期であり,その技術革新性の高さ故に将来創出される産業への期待も大きく,有機ELの実用化競争が,基礎的な研究開発と平行して世界で,そしてアジアにおいてに激しく戦われている。 

 
有機ELの研究開発に当たる研究者,技術者は学問分野では,有機化学,高分子化学,材料工学,界面科学,固体物性学,デバイス物理学,電気電子工学まで広がり,産業においてもエレクトロニクス産業だけでなく,化学工業,各種素材産業,光応用産業にまで広がっている。すなわち,科学の専門分野,技術分野,産業分野の区分にとらわれない広範な基礎科学と技術の新しい組み合わせの形成と融合がまさに必要とされている。 

 さて,国内における有機ELの研究開発の現状はこのような大きな期待に応えて着実に前進できる体制となっているであろうか。確かに,90年代後半に有機ELの実用化を世界に先駆けて成し遂げたのも,フルカラーのディスプレイの可能性を最初に提示したのも,高性能テレビの可能性を実証してみせたのも日本の誇るべき技術者達である。しかしながら,2005年の現在では,有機EL製品の売り上げにおいても,SIDなどの国際会議等における最先端技術の展示においても,アジアの諸国にリードを許している。この状況が続けば,有機EL生産技術においてはアジア諸国に遅れを取り,生産技術を支えるべき基盤科学技術においても世界は日本を必要としない時がやがてやって来る。

 このような危機的状況を打開するためには,有機ELの研究開発に当たる若き日本人研究者,技術者の目に輝きと誇りを取り戻すことが必要である。有機ELを支える基礎科学における真剣な研究発表と討論,商品価値の高い製品を開発するための技術開発についての技術交流と熱心な討論があってはじめて,研究者,技術者の能力は高められ,技術は大きく前進する。有機ELの寿命問題に関しての研究者達の立場を越えて全力を挙げての議論がこれまで本当になされたであろうか,と反省し,研究者,技術者が個々の小さな利害にこだわり続けるとき,日本全体としての技術の前進は止まることを心すべきである。

 日本における有機ELに関する研究開発が持続的かつ高度なレベルを維持していくには,研究開発の当事者である研究者,技術者の意識や意欲を高揚させると同時に,企業経営者や研究指導層の認識をも高めることが必須である。企業の研究者・技術者と大学の研究者が,相互に有機EL研究開発の強い意識を共有し,日本の将来を左右する新産業の創出に携わっているという高い志で研究開発に邁進できる状況を作ることが重要である。

 このような観点から,従来組織を超えた学術的な研究活動と実践的技術開発活動の結合の必要性を認識し,ここに大学,産業界の有志による有機EL討論会の設立を提唱する。この討論会においては,単に見栄えがよいだけの成果の展示は期待しない。荒削りでも研究開発の現場のリアルな問題を各参加者が持ち寄り,議論を重ねることを期待する。毎回の討論会での混沌とした議論を共有できた参加者は,それぞれの研究組織に戻って,方向性を異にした独自の研究開発に取り組み,それぞれ個性的な技術開発の成果を実らせるであろう。


                                                             
2005年8月9日

発起人;筒井 哲夫、安達 千波矢、石井 久夫、茨木 伸樹、占部 哲夫、大西 敏博、岡田 裕、鎌田 俊英、楠本 正、近藤 克己、佐藤 文昭、當摩 照夫、時任 静士、仲田 仁、服部 励治、豆野 和延、三上 明義、宮下 悟、村田 英